自然災害チームより~自然災害を考える~

2015.08.25.09:00

いつもブログ・メルマガをご覧いただき、ありがとうございます。
今回は、8月22日現在、噴火警戒レベル4(避難準備)が出されている桜島について取り上げてみたいと思います。

1.桜島の成り立ち
桜島は、鹿児島湾北奥部の姶良カルデラ南縁部に生じた東西約10km、南北約8kmの長円形の島で、その頂部は最高峰の北岳と中岳、南岳の3峰と権現山、鍋山、引ノ平などの側火山からなっています。
桜島が活動を開始したのは、姶良カルデラが大噴火した後の約26,000年前からで、初めは海底火山だったものが大規模な噴火を繰り返して、隆起して島になりました。現在までに大規模な噴火を17回繰り返しており、その中での最大の噴火は、今から約13,000年前の大噴火で、この時には現在の鹿児島市内で1m以上、鹿児島県内の殆どの箇所で10cm以上の火山灰が積もりました。
桜島の活動は大きく二つの時期に分かれており、誕生から5000年前までが北岳の活動、約4500年前からは南岳を中心とした活動期に入り、断続的な噴火と静穏な状態を繰り返しています。有史以後の山頂噴火は南岳で起こっており、その都度、溶岩流や火砕流による大災害となっています。
記録に残る主な活動としては、最古の噴火は和銅元年(708)、15世紀後半の文明大噴火、安永8年(1779)の安永大噴火があり、噴石や降灰により多数の死者を出しています。この安永大噴火は18世紀の日本最大の噴火で、海底噴火による津波が発生し、鹿児島県沿岸部でも多くの被害が生じました。更に大正3年(1914)の大正大噴火、また昭和に入ってからも噴火活動は活発で、昭和30年(1955)に爆発した南岳山頂火口は、現在まで長期にわたり毎年のように噴火を繰り返しています。

2.代表的な噴火
① 大正大噴火
大正3年(1914)1月12日午前10時5分、噴火は桜島の西側山腹に出来た割れ目で始まり、10分後には東側山腹に出来た割れ目でも噴火が起きました。これら東西の火口からの噴煙は高度8,000mに達し、東海岸では数日で2mもの軽石が降りました。また大量のマグマを噴出し、溢れ出た溶岩流が麓の集落を襲い、死者58名、負傷者112名、噴火により埋没・全焼した家屋も約2140戸となり、集落ごと埋もれてしまった村もありました。この大正大噴火により、溢れ出した溶岩流により大隅半島との間の海峡が堰き止められ、現在のように陸続きになりました。
この時は噴火の数日前から地震が頻発し、島内の井戸が枯れるなどの異常があり、当時の村役場が対岸の鹿児島市にある測候所に問い合わせましたが、「避難せよ」という意見はなく、このような結果を招いてしまいました。10年後、住民達は桜島爆発記念碑を建て、裏に「住民は理論を信頼せず、異変を見つけたら、事前に避難の用意をすることが肝要である」と刻みました。避難誘導が遅れたのは、噴火を予知できなかった測候所に頼ったためと考えたからです。これは「科学不信の碑」とも呼ばれています。
② 昭和噴火
大正噴火が終息した後の約20年間は穏やかな状態でしたが、昭和10年(1935)9月、南岳東側山腹に新たな火口が形成され、約1ヶ月間断続的に噴火を繰り返すようになりました。
昭和21年(1946)1月から爆発が頻発するようになり、同年3月9日に火口から溶岩の流下が始まりました。この時は大正噴火とは異なり、噴火前後の有感地震が殆どありませんでした。
昭和29年(1954)12月末頃から火山性地震が増加し、昭和30年(1947)10月に南岳山頂火口で大量の噴石を噴出する爆発と、強烈な空震を伴う噴火があり、死者1名、負傷者11名を出しました。昭和47年(1972)の噴火では、噴出した高温の噴石により山火事が発生。これがきっかけとなり、被害者を守る「火山活動対策特別措置法」が制定されました。
平成18年(2006)6月には、南岳の東山腹8合目の昭和火口が58年ぶりに噴火活動を再開するなど、活発な活動状況が続いています。

3.現在の活動状況
2009年10月以降、年間爆発回数が1000回を超えるほど活動が活発な桜島ですが、2007年に運用が開始された噴火警戒レベルが、初めてのレベル4(避難準備)に引き上げられました。現在は火口3km圏内に住む51世帯77人が対象ですが、これまでの噴火の規模を上回る噴火が起きた場合、噴火警戒レベル5(避難)に引き上げ、鹿児島市が桜島全域の住民を避難させる事態も想定しています。
2015年8月15日午前7時頃から火山性地震が急増し、15日は1024回、16日は71回、17日は17回、20日午前9時までに8回まで減ってきていますが、マグマが浅い所まで上昇したまま止まっているとみられ、山体が膨張した状態が続いています。陸域観測衛星「だいち2号」の観測によると、今年1月に比べて最大16cm程度の地殻変動があったことも確認されました。また15日からは桜島の二俣港で、火山性ガスが海面に湧出する「たぎり」と呼ばれる現象が出現しました。これは鹿児島湾内の若尊カルデラで通常見られる現象ですが、二俣港では初めて出来事です。
幸いなことに規模の大きな噴火の可能性は低下してきているようですが、自然の活動は私達人間の思うようにはいきません。桜島の噴火特性から「落ち着いた状態は噴火が起こらないのではなく、むしろ噴火に近付いたと考えた方がいい」と警鐘を鳴らす専門家もいます。油断をすることなく備えていきたいと思います。
最後に、桜島関連情報をまとめたサイトを紹介します。

「桜島の噴火活動に関する情報」サイトへ移動!クリック!

火山灰に対する防災情報もありますので、ご参考になれば幸いです。

自然災害チームメルマガ~自然災害を考える~

2015.08.10.09:00

新暦8月10日(旧暦6月26日 午)

本日は、共に願い祈りくださっている方々による、日本という土地の成り立ちについての記事を配信いたします。
これは、比嘉良丸の啓示に基づき、私達の住んでいる地球や日本、環境、社会(政治経済等)を資料文献、現状を調べ、そこから、事前の対策、防災、共存、よき未来への道筋を探ろうと、有志により作られましたチームによる記事です。
少しでも多くの方々と共有することで、未来の地球・社会への礎になればと思い、お届けします。
比嘉良丸・比嘉りか

***日本の国土、成り立ちについて***

読者の皆様 こんにちは
いつも真心のお力添えありがとうございます。

今回は、私達の住む日本列島の成り立ちを取り上げてみたいと思います。

いまから2000万年前、日本の元になる部分は大陸に繋がっていました。大陸が割れはじめ,日本列島はしだいに現在の位置へ動いてきました。
その運動はいまから1300万年前に終わったと伝えられています。
そして西南日本は、長崎県の対馬あたりを中心にして、時計回りに40~50度回転しました。
同時に東北日本は北海道知床半島沖付近を中心に、こちらは反時計回りに40~50度回転したといいます。これが「観音開きモデル説」です。
そして開いた内側の部分に大きな窪みが出来て海が入り込み、日本海ができたのが約1500万年前だそうです。

日本の成り立ち

現在の北陸北部、岐阜県飛騨地方、山陰北部などは、大陸から運ばれてきた砂や泥が堆積しており、海洋プレートの上に堆積した珊瑚や放散虫などからなる岩石が移動してきて、それが海溝で潜り込むときに、陸からの堆積物と混合しながらアジア大陸のプレートに押しつけられて加わりました。
この付加が断続的に現在まで続いたため、日本列島は日本海側が古く太平洋側に行くほど新しい岩盤でできているのです。
1600万年前から1100万年前までは、西南日本(今の中部地方以西)のかなり広い範囲は陸地でした。
また、東北日本(今の東北地方)は、広く海に覆われ、多島海の状況でした。
その後東北日本は、太平洋プレートなどによる東西からの圧縮で隆起して陸地となり、現在の奥羽山脈・出羽丘陵が形成されました。
北海道はもともと東北日本の続き(今の西北海道)とサハリンから続く南北性の地塊(中央北海道)および千島弧(東北海道)という三つの地塊が接合して形成されたものです。
南西諸島は日本島弧の中でも最も新しく成立した島弧で、600万年前以前は大陸の一部でしたが、大陸の縁で開裂が起こり完全に大陸から切り離され、サンゴ礁を持った島弧となったのは150万年前以降です。

西南日本と東北日本の間は浅い海でしたが、この時代以降の堆積物や火山噴出物で次第に満たされながら、東北日本が東から圧縮されることで隆起し中央高地・日本アルプスとなりました。
西南日本と東北日本の間の新しい地層をフォッサマグナといい、西縁は糸魚川静岡構造線、東縁は新発田小出構造線と柏崎千葉構造線です。
島孤の東側あるいは南側は狭い大陸棚があってその沖は沈み込み帯(海溝・トラフ)であり、海溝型地震が頻繁に発生します。
この沈み込み帯に対して全体的に平行に山脈や火山帯が連なっています。
その山脈の間や海沿いに細長く盆地や平野が点在しています。日本最大の平野である関東平野は例外的に広く、その形成理由は詳しくは解明されていませんが、基盤岩の深度が深いフォッサマグナに位置する事や、3枚のプレートが重なっている事などが挙げられ、全般的に地震の発生が多く、起伏の激しい地形が多いです。

伊豆半島・伊豆諸島は、本島とは別の所から移動してきました。
元はフィリピン海プレート上の南方にありました。

2000万年~1000万年前・・・伊豆は本州から南に数百km隔たった海底火山群でした。
200万年~100万年前・・・伊豆が本州に衝突して合体しようとしていた時期になります。
60万年前・・・・・・とうとう合体し、本州から突き出た半島となりました。

このようにして、日本列島は出来上がったのです。
また、日本列島の名前の由来は日本国です。古代日本では「大八島国・大八洲国」(おおやしまのくに)などとも呼ばれていたそうです。

余談ですが、日本列島に移動してきた年代や場所はまちまちですが、黒人系のネグリート、白人系のアイヌ族、南蒙古系のツングース族(原日本人)、インドネシアの一部族=ソオ族(熊襲)、インドシナ族=ミャオ族(倭人)、漢族(原シナ人)の6人種が、日本人のルーツという説があります。

大昔の日本に思いを馳せてみるのも興味深いですね。
こうやって調べていくと、小松左京氏の小説「日本沈没」は、あながちフィクションではないのだと思います。 最後までお読みいただきありがとうございました。


***以上 自然災害チームより***


**祈りの和information**

いつも共の願い祈りありがとうございます。
7月17日から8月3日まで、北海道・サハリン、本州、韓国・釜山と船にて回る御神事を行ってきました
私共は、一年かけ北海道、本州、九州、四国と内陸部を数周まわり、日本列島の本来持つ竜体のエネルギー、自然界の動きを繋ぎ結ぶ御神事を行っております。
今回、船にて外洋を一周する事で、内陸部と外洋を繋ぎ、8月20日の富士山で繋ぐ御神事を行います。それは、日本列島が本来持っている自然働き、生命を生み、育み、愛しむという気・エネルギーを大地と天と結び、本来の働きが成されるよう御神事を行います。

今回、16日(日)の勉強会会場では、参加される皆様と共に、今回の御神事の働きをもって天と地に一人一人が繋がり、正しき方向へと向かう事が出来るように、瞑想、エネルギーワーク的な事を行いたいと思っております。
前日の15日(土)の口伝えでは、参加されます一人ひとりに対して同様にお祈りさせていただきます。

また、この一連の御神事に関連したお守りを今回承っておりますが、こちらは、ゆるぎない大地の気を持って、一人一人が天と地の軸となるよう、これから歩みだす人生を正しき方向へと向かい進めるよう、持つ人一人ひとりに合わせオーダーメイドで作成し、お祈りを込めております

まだ、会場には若干の空きがありますので、ぜひご参加下さいませ。
お待ちしております。

★8月15日(土)口伝え 東京
申込みサイト>※下記画像をクリックしてください。申込みサイトに移動します
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★8月16日(日)学びの和 東京
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★8月19日まで受付 御神事企画御守り(オーダーメイドブレスレット)
申込みサイト>※下記画像をクリックしてください。申込みサイトに移動します
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