2017年ギャザリング中止のお詫びと変更のお知らせ

2017.05.12.19:49

2017年ギャザリング中止のお詫びと変更のお知らせ
平素より大国ミロク大社比嘉良丸、比嘉りかの活動にご賛同いただきありがとうございます。
皆様のお力添え、ご支援を賜り国内外のご神事を行えますことを心から感謝申し上げております。

私たちは大国ミロク大社比嘉良丸氏、りか氏とともに
活動させていただいております、神子でございます
神々様、そして皆さまにお詫びがございます。

本来のギャザリングの趣旨
今年の秋分から来年の春分にかけての北朝鮮との軍事衝突をきっかけに、
第三次世界大戦の流れとなる。
北朝鮮の問題に中国、アメリカ、日本、韓国の裏での戦争へ向かう駆け引きに
ロシアが介入することにより、
六か国での政治的・軍事的に複雑化し、アジア全体 での本格的な
戦争へ流れこむ。
これらを今年の九月で完全に回避するご神事だった。これが本来の目的。
神子が一年かけて、一つ一つ作業や準備、段取り、組み立てることが
神事と同等となり、政治的・軍事的・意図的陰謀を6割回避し、
残り4割は2020年までの先送り、2,3年先送りすることが出来た。
それらを全部怠ったことによりすべて現実になってしまった。
2017年9月11日~25日までのセレモニーで全体の流れの6割を回避、4割は
2020年までの先送りそしてそれを善き方向に向けるには、昨年の8月からの
神子の認識・意識・決意・行動・信念・言動をもって準備を一つ一つ
終えることによって世の中の悪い流れを抑え、その後2020年までに
完全回避の流れを作ることが出来るはずでございまし た。
これが本来行うギャザリング趣旨でした。

中止に至った経緯
神子全員が、セレモニーの趣旨に基づいて、共有認識・知識を得るための、
意識合わせがなされておりませんでした。
そして、神子全員が一個人の認識で、バラバラに行動し準備を行っていました。
それが、ご神事としてかみ合わず、変更の元になりました。
今年2月の段階で誰も「聖なる杖」の意味、継承者たちの名前や実際の活動、
日本に来てどういう儀式をするのか、ミロク会としてはどういう儀式を行うのか
話し合いもしておらず、内容も詰めておりません。
誰も質問しても答えられず、理解もしていない、一人に任せて、自ら動くことを
せず、協力をしなかったうえ、工程表すらできておらず、成功させようという
意思もないまま、ギャザリングを行おうとしたため変更になりました。
2月の段階で、このままでは戦争になってしまうので、アシリレラさんを
お招きしての「民族調和の儀式」へと変更になりました。

その後4月21日に至るまで、神子全員の意識や認識や言動が改善されず、
自分よがりの認識で行動をしたことにより、中止となりました。
4月21日の段階で中止になったことで、来年の9月がどうなるかと
神様と比嘉良丸氏が、やり取りをしたとお聞きしました。
この時点で改善が見られなかったので、
神様は無理だと判断され、それでもやり取りを続けましたが、
24日に神様からの強い指示で中止に至りました。

私たちは「このまま自分は何もせずに死んで しまうのかと思ったら、
神様や、今まで守護してくださった方々に対して、申し訳ない」と思いました。
そして、自分は何も守れないのかと情けなくなり、
神子としてどうしてもやらせてくださいと申し出ました。
戦争を回避する唯一の方法がギャザリングであるにもかかわらず、絶対に
成功させるという強い意志をもって向き合うことを全員が怠ってまいりました。
大変申し訳ございませんでした。
神々様は改善の見られない私たちに失望し、来年の9月も無理であると
判断されました。
しかしながらこのような私たちを見捨てずに、思いを託してくださいました
お守りくださる神々様の後押しをいただき、「ギャザリングをさせてください」
とお願いをさせていただきました。

今後、神子ひとりひとりに工程表に基づき、終了日を決定したうえで、
作業を行い、期日に終了させます。
ものによっては相手の都合を確認しなければいけないものがございます。
そのような場合は相手に確認をして日程を決め、
変更があれば神子同士がお互いに連絡を取り合い、
漏れのないように報告をし、みなで協力して作業を行ってまいります。
このような流れでひとひとつの作業を、決められた日程で完成させる
ことにより、これから起きる戦争への流れを仮押さえをし、回避し、
ご神事の仕組みを作り上げてまいります。
神子全員が、もう一度祈り人として、意識と認識を合わせて協力し、
強い信念と、自らの行動をもって 戦争への流れを回避することを誓います 。
5月12日にこころのかけはしブログにギャザリングが変更になりましたことへの
神子一同からのお詫びと、今年9月17日、18日のギャザリングの趣旨と案内を
掲載させていただきます。
この9月のご神事を成功させるため、中止に至ったために起きる厄災を
回避するため、まず5月12日神子2名が中国から北朝鮮国境にある
長白山でのご神事、1名は北海道旭岳でのご神事、2名は青森十和田湖での
ご神事、関東東京では1名の神子がご神事をし、大阪でも1名が祈りをいたします。
沖縄のお宮では四名。その他1名、北海道室蘭から祈り合わせとなります。

その後、5月に神子2名によるサイパンでのご神事、6月神子1名のカナダでの
ご神事、神子2名によるカンボジアご神事やフィリピンご神事がありますが
これらの日程は決まっておりません。
これらのご神事を9月セレモニーまでに終わらせます。
この度はご報告をさせていただくお時間をいただきありがとうございました。

(良丸)
有難うございました。これらの御神事を9月までに確実に成功させるための
御神事として、ミロク大社こころのかけはしの総責任者として、
比嘉良丸、比嘉りか、9月までに数十カ所の外国を御神事で巡りながら、
日本国内、 北海道から本州・四国・九州・沖縄に
あたるまで、日本列島を先ずは、関東から東回りを行いまして日本列島を
一周回ります。そして次に関西から、日本海側を左回りに巡り、関西に戻ります。
次、関東から入りまして、北海道へ渡り、北海道から南下しながら、
本州・九州・四国と中央を巡り回る御神事を行います。
そして外国の御神事と日本列島の御神事と巡りながら、9月のセレモニーを
確実に成功させ、これから起きる全ての災いを回避する御神事とさせて頂きます。

先程12日の御神事の内容をもう少し説明させて頂きます。
神子2名が、中国・北朝鮮の国境にあるペクト山で長白山で今回御神事を
行いますが、現地での日程がしっかり読めないため、沖縄主催ミロク大社の
宮にての主催となり、日本時間午後1時から始めます。
その際に先ほども申しましたように、神子1名、北海道旭岳。
もう1名は都合により室蘭に入るため、そこからの祈り合わせとなります。
そして神子1名が沖縄からのもう1名の神子と
青森・八戸で合流し、十和田湖の龍神神社の方で御神事を行います。
また関東東京の方で1名、大阪でも1名の神子が御神事を行います。
沖縄の宮では神子4名での御神事とさせて頂き、神子全員が分担しての
12日の御神事とさせて頂きます。
どうか今回神々様に特にミロク大社主祭五神の神々様には
どうか一度中止となった御神事でございますが、本人たちの強い意志を
もう一度チャンスを与え下さりまし て、9月までのその御神事をきちんと
見届けていただけますようお願い申し上げます。

ではこれから改めて、御神事に向けて準備にさせる事をお許しください。
比嘉良丸、比嘉りか そして神子の総管理職の者と、リーダー、副リーダー、
北海道、青森、関東、愛知、大阪、奈良
(現在沖縄にて宮司の修業をする為に沖縄に1名入っております)。
そして沖縄。
そして、それらの方々とともに神子を見守る役目の方々が3名おります。
それらの方々が9月の御神事セレモニーの準備および、成功させるための
御神事を行って参ります。
どうか一度中止となった御神事ではございますが、どうか暖かく
見守りくださいますようお願い申し上げます。
それでは今日の神様への報告を終了させて頂きます。
ありがとうございました。

神様からのお言葉
皆 神子というものは 何であるのかを 理解を本当にしているのであろうか
神子とは 会社勤めの者と 社会の者とは違う
社会に 会社に 勤めゆく者は 社会を回し 会社を回し 組織を回しゆく者
しかし 神子は 神業神事を通し 一個人や一組織・団体というものではなく
世の中を 世づくりを 世界を 
見えぬ その見えぬ場所から 見えぬ位置から 
見えぬ力により 働きかけ 動かしてゆく者である

これは  勤め人とういう者とは 大きく違いゆき
勤め人は 世の中 社会の 仕組みであれば 
その社会の仕組みにのっとり動きゆく者でもあろう
けれども 神子というものは 
世の仕組み 世界の仕組みを作りゆく 担いゆくのであるのだから
一部地域や 一部限定の 事柄ではなく 全体を 世の中を 
世界を 見ゆく者であり
その世界に対応をしてゆかなければならないのである
その違いは大きい

日が出ずりゆけば その日が出た場所
しかし 日が沈みゆけば 日が出ずる場所もあり
その場所の 事柄もまた 神子ならびに 神業神事には 影響をしてくる
また 影響を 与えてゆかなければならない

世界というものは この星そのものであり 
また各国  また他の人種 多くの人々への事も同じである
それは 日常とは かけ離れたものに思えるかもしれない
けれども これが神業であり 神事であり 
神子というものの 見つめる先の その役目役割を担っている
大きな元根の その的となりゆくのである

自らの事柄について 個々 個人の事について
何故 注意をされるのかも 分からぬ者もおろう
いや 未だ分かっていない者が 数多くおりゆく
個々 個人のものというのは 一部 その地域 社会 もしくは 一家庭
そして一時間 一区域のものである
けれども 担っているのは 
それらを大きく含みゆく 世界 社会というもとを 的に当てているのである
その大きな違いが分かるのであろうか
一部地域の事におき そこに集中し 目を向けることにより
実はそこから 大きな的 
それらから目をそらし 目を離した隙に 大きな流れは変わりゆくことに
繋がるのである 過去 神業神事を 務めてきている者たちには 
口酸っぱくしてそれらは伝えてきた
何故 その 大きさの違いに気づくことができないのか
視野の狭さを どのように改良していく事ができれば 
広き視野を持つことができるのか
全体を見渡せと伝えている事が 何故その一部地域のものへと
限定されてゆくのか

人の意識はまだ小さい
これからさらに広げゆかなければならない
全体を見ゆくということは 自らだけの事ではなく 
多くの人々の事柄をも考え 動かしてゆかなければならない
また それは リーダーと言われている者や サブリーダーと言われている 
その役職を持っている 一部の限定されている者だけではなく 
皆で目を光らせ 皆で気を配らせ そして皆で上手に 
回しゆかなければならないのである
動かしゆかなければならないのである
勝手に誰かが 回してくれる 動かしてくれる
そうではない 皆が原動力であり 動力であり 
そして皆が その回しゆくための 働きを 仕組みを 
動かしてゆくための 動力なのである
一人が休みゆけば 呑気なかたちに そのまま留まりゆけば 
その歯車はどうなる 力が他から及んだ時に そこに留まりゆくことになろう
かみ合うことならず それは その影響を多くの場所へと 
与える事ができない という事に繋がる

その意味が分かるか
一人が どれだけ動かそうとしても 他のかみあった 
いや かみ合う事になった歯車たちが
何ひとつ動く事ができなければ いくら力をかけても 
その歯車は うんともすんとも 動かないのである
皆がその意識を持っているのか 疑わしい限りである
皆が本当にその意識があるのか
思わぬところへと はみ出ていくのではないのか
今まで同様 同じ結果を導くのではないのか
人間は皆 同じ事を繰り返し そしてとどまる事を知らない
人間という 大きなひとくくりにおいて
皆その根底が 同じなのではないのか
だから 良丸へは 変わる事ができない者たちという事において 
伝えてきたのである

これを どう払拭してゆくのか
その課題は大きく 課せられた荷は大きい
自分たちも分かるように ひとりひとり其々につき従い 
守り 導いているものたちが
そなたたちの未来を案じ 我らに伝えてくる
しかしそれは 自分の身から出た錆なのである 違うか
歯車となりゆき それが動かなかったその錆が 
自分へと降りかかっているということに他ならない
よいか どのように動かしゆくのか どのように進みゆくのか 
どのように回りゆくのか
それは 今からまたさらに 改めて 試されてゆくものである
本当に 本心から 変わりいっているのであるか
きちんと 心底 受け止めているのであるか
もしく は また 口先だけであるのか
意識は 程遠い場所にて 補われていないのか
それらを しっかりと 皆々とともに 見ゆく
また 試しもしゆく
それは 心しておかれよ

皆でまとめたこの謝罪文 その意識 これにおいて全てが
滞りなく進むと思うな
それをしっかりと 完成させる日 その結果を出しいずる日は 9月である
それを その意識まで その日まで 今もこの意識をしっかりと持ち続け
保ち続け 全てに取り組んでいくことができるか
今だけ 3日だけ 一週間だけ 
それだけにおいて また月が変わり 日が変わり 週が変われば
意識は またどこえぞ 知らぬ方へと進みゆかないか
試されているぞ
この言葉を伝えたのだから そなたたちが この意識 
想いを伝えてきたのだから
それは それ相応の 試しが入ることを 心得ての事と受け取っている
それを しっかりと乗り越え そして9月をしっかりと行いゆくこと
それこそがまさに 結果になるのである

先は長い
人間にとっては その半年 長き時間となりゆく
日々の暮らしの中においての その意識 散漫ともなりゆこう
どこへと 分からぬ意識へと 飛びゆく者もありゆこう
それを自分自身において どのように 規律を保ち 意識を保ち 
留めゆかせる事ができるか 気持ちを 保ち続けゆくことができるか
それが 試されている
しかし ただただ簡単に 緊張をし続けてゆくだけでは それは 
求めている結果は出てこない
気を緩ませる事なく しかしそして その全体を見つめ 流れを知り 
どのように 進ませゆかなければならないのかを しっかりと見極め
互いに協力し 補い合いながら ひとつの物事を完成させる事が大切な事になり
それが 求められているものである

分かるか
散漫となりゆく意識を どのように自らを律し 留めてゆくか
自分の中において どのように 規則正しく いや 全体を見つめ 切り替え 
そして進めてゆくか
心も 気持ちも 頭も 頭脳 思考回路も 大きく使いゆかなければならない
それが 本当にできゆくのか 伝えてきたからには やるという認識であろう
意味をよく深く理解し 務めゆきなさい
しっかりとしたその意識は 確かに必ずや 導きはある
けれども  それを受け止めるか 見失うか 足元へと捨ててゆくか
それは 各々それぞれである
変えなければならない意識を 今ここにおいて 変えゆかなければならない
変えなければならない意識すらも 分からぬ者もいるならば
その意識は 一体何であるのかを 急いで 改め 気づかなければならない
長年にわたり引き続いた物事を どのように神子として 
変えてゆかなければならないのかも
しっかりと 理解してゆかなければならない

錆ついたその歯車を どのように動かしてゆくのか誰かが動かすのではない 
自分自身が動き 自分自身が変えゆかなければならないのである
錆は往々にして なかなかにとれない
それを どのように磨きゆくのか
どのように 磨き どのようにうまく流れを作ることができるのか
人は 社会のひとつの歯車である事を嫌うものが多い
だが そのひとつの働きが 大きな社会や 会社や 世の中の 
ひとつの働きの結果の
その導き手となっている元なのである
今 その元になっている事すらも 分からず 給料やお金というものばかり見つめ
自らの働きを 動かぬようにしている者も 数多い
けれども その心を変えゆくのも 神子という働きの その歯車のひとつとなり 
動かしゆくという その影響を しっかりと反映させるという事もできるのである
神子は 世の中へと その行動を 反映させゆく事ができる者
それが 神事であり 仕組みであり 神業 神との繋がりでもある
神子は 現実とのかけ渡し 橋渡し 神との繋がり
そして 現実へと その見えぬ力において 動かしゆく者
その働きを行う者でもある
しかし いち人間の 小さな能力というもので 世の中を動かそうと思うのは
大きな間違いであり それは ただ単に エゴである

社会には 人々が 多種多様にあり 世界にも また人々が 人類が 
多種多様にありゆく それに適応させゆくためには 様々なる人々が 
かみ合いゆくこと それが 世の中への 影響を与える事ができる元と
なりゆくのである
能力がある者も 能力がない者も 技術に長けている者も 長けていない者も
自らのできる事 また 教え 学び 成長しようとする事によって
それは その力 働き 影響は 世の中へと 広がりゆくのである

もちろん 変わりゆこうとする その意識とその行動とその結果は
それもまた 世の中へと 変わりゆく

意識をしっかりと持ち ここ数日だけの意識にとどまらず
結果を出し尽くすまで その意識を きちんと 持ちゆかれよ
そうでなければ 生まれてくる結果はない
きちんとそれを 理解し 進みゆけ




改めまして本年2017年9月のギャザリングの趣旨は
「アイヌ民族、ヤマト民族、琉球民族の調和」です。

今回は糸満市の平和祈念堂で行うことの意味を考え、「戦争回避と平和の祈り」を
行いたいと思います。
皆様のお力添えをお願いいたします。
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