御神事報告:2

2012.07.11.21:03

7月11日(旧暦5月22日 酉)

現在、夫と共に、帰国後の結びの御神事にて本州を回っております。
昨日に引き続き、御神事のご報告をさせていただきます。

6月8日、この日の午前中は、大国ミロク大社の聖地、傘軸、身星、子の御嶽、天岩戸とご案内させていただきました。
長老たちは一つ一つを丁寧に感じ取られていました。エリザベスグランドマザーは、大地の母神様のところで、ポロハウ長老は、身星の所で強く感じるものがあったようでした。
大地の母神様の場所では、エリザベスグランドマザーは、到着してすぐに、祈りを捧げてくださり、とても感動していました。
また、身星という聖地は、龍の頭の中とも言っている場所でもあり、ポロハウ長老はしばし目を閉じ、岩肌に手をあて、祈りを捧げてくださいました。

さて、洞窟を出ると、丁度そこには、長老達にと急遽奄美舞をご奉納に来てくださった方々が集まってくださり、舞を舞ってくださいました。
シンプルな中にも力強さのある舞を、長老達と共に見ながらしばし休息です。
奄美舞の方々と長老達


思わずゆっくりしすぎてしまい、慌てて皆さん、洞窟でどろんこになった体をシャワーで落とし、急いで那覇空港へと向いました。

6月9日この日は、前日の夜無事に合流したアレハンドロ長老と明石の海岸にて今回初のファイヤーセレモニーを行いました。淡路島を眺めるその場所からは、神戸淡路大震災の震源地がすぐ目の前ということでした。
神戸そして、東北の震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りし、また、大地・天・精霊達へと祈りを捧げ、未来への祈りを捧げました。

明石の海岸にて  セレモニーの準備  明石のsレモニー

その日の午後は、車で、淡路の野島断層へ行きました。
ここは、神戸淡路大震災の際に割れた地面がそのままに残されている資料館です。
閉館間際に到着したので、中を見ることは出来ませんでしたが、入口にある展示室を見せてもらえました。
震災直後の映像と、震源地のジオラマに、長老達は食い入るように見ていました。
そして、館外からではありましたが、実際に割れてしまったその大地を見ながら、長老達は、多くを語ることはありませんでしたが、いつまでもその大地を見つめていました。

6月10日
神戸講演会のこの日、多くの皆様がお集まりくださり、本当にありがとうございました。
テポロハウ長老は、その昔、ニュージーランドから沖縄、そして淡路へとカヌーで渡った歌を歌ってくださったり、エリザベスグランマは、マヤの暦や暦とマヤの方々の深いつながりをお話してくださいました。
また、アレハンドロ長老は、マヤの暦、予言のお話をしてくださいました。

神戸講演会1 神戸講演会2 IMG_1018-3_R.jpg


途中、感性豊かな歌も入ったり、また、この日は、最後にアレハンドロ長老がダンスをし始め、テポロハウ長老も踊り出し、会場の皆様も交えるなど名残惜しい時間となりました。

さて、この日のテポロハウ長老の通訳に際し、皆様には大変ご迷惑をおかけしました事を深くお詫び申し上げます。また、長老にもご迷惑をおかけしてしましたことw、深くお詫び申し上げます。
協賛下さいましたワイハタジャパン及びパラレルワールド様からは、既にブログにてお詫びの文章が掲載されております。こころのかけはしへの掲載が遅れましたことを重ねて深くお詫び申し上げます。

長老達のお話をお伝えする為に、万全の準備をしてまいりましたが、この日のポロハウ長老の通訳がうまく運ばず、ご来場下さいました皆様には大変ご迷惑をお掛け致しました。

下記は、神戸の際にポロハウ長老がお話くださいました内容を訳した文章を掲載させていただきますと共に、ポロハウ長老から皆様へと伝えられた言葉も一緒に掲載させていただきます。

****
~ワイハタジャパン様ブログより抜粋~

皆様へテポロハウ長老よりお言葉を預かっております

I want to thank you for coming to the Kobe lecture and I want you to know that I understand your feelings about not having heard the translation properly.
and from that we all learned a lot.
We are still traveling and will have lectures in Hokkaido, and tokyo, if you want you can come and hear the changes that we have made so that everyone has learned from this learning experience for all of us.
I am hoping that I will see you sometime in our journey and send love
and warmth from the bottom of my heart.

Thank you very much
Te Porohau Ruka Te Korako

神戸の講演会に来て下さってありがとうございます。
あなた方がきちんとした訳を受け取れなかったその気持ちはよく分かります。
私達は、その経験から多くの事を学びました。
私達の旅はまだ続いており北海道と東京でも講演会を行います。
もしも、あなた方が講演会に来る事が出来れば、私達が皆この学びの経験から学んで変わったと言う事が分かるかと思います。
また何時か皆様とお会いできる機会がある事を願っております、そして心の底から愛と暖かさをお送り致します。

ありがとうございました
テ ポロハウ ルカ テ コラコ


「神戸講演会のテポロハウ長老のスピーチ」

夜ここにお集まりの皆さまへ
ワイタハ長老評議会よりご挨拶を申し上げます。
過去、未来、現在と変わらず皆さまへの愛を感じながら…。
私の心は今満たされています。
今夜のこの素晴らしい場に包まれて、この満たされたワイタハの心には、少しの隙間もありません。
先ずは、西明石の中谷ファミリーの皆さまへ心からの感謝を申し上げます。
中谷家のお父さん、お母さん、そして淳子さんとお孫さんお二人へ、私たちが今回、こうして日本を訪れる機会を与えて下さり、ありがとうございます。
また、この地にいらっしゃる日本の金龍にも感謝の意を表します。
この歴史を破壊しようとした様々な民族に対抗し、それを守ってきた金龍にも感謝を申し上げます。
私たちは、日本の黄金の龍についてよく知っております。
ワイタハにとって、日本の龍は先輩に当たります。
そして、ワイタハは銀色の龍になります。
日本の皆さんは、黄金の龍を宿しています。
日本の天皇を通して、また皆さんのご先祖を通してドラゴンは継承されていきました。
それは私達を幸福にしていきました
皆さまは、龍族にとってリーダーの存在です。
伝統を守り続けて下さり、ありがとうございます。
今回の話では、古代の叡智について話をしますが、龍よりも古いものはないのではないかと思います。
日本でいう龍は、ワイタハではマラキーホと云います。
ヨーロッパ西洋では、マラキーホは邪悪な水のモンスターとしてとらえられています。
ヨーロッパの人々は龍を知る心を持ちませんでした。
でも、理解しようと努力しており、その努力に感謝しています。
私たちワイタハは、このように身体にたくさんの水を含んでおります(膨れている)が、水の運び手と云われています。
水のことについてとても詳しく、酸素・水素についても多くの知識を持っていてワイタハの言葉でも分子や電子の名前があります。
水というのは、次なる力と考えられています
私たちは、母なる大地を大切にすることが次の時代への変化だと長い間信じてきました。
日本にはたくさんの洞窟があり、洞窟は多くの水を含んでいます。
そこには、龍や精霊がたくさんいます。その中でも一番大切なのは水です
ニュージーランドにも、いたるところに水があります
毒された水や、酸性の水、アルカリの水がありますが、その中でも一番大切なのは素晴らしいミネラルの豊富な水です
こうした水、神聖な水を大企業がニュージーランドにやってきて採取していきますが
私たちニュージーランドの水を守るワイタハの人々は保存しようとしてきました。
私たちは、水の守り手であると同時に、平和の民としても知られています。
私の大叔父さまが、かつてあなた方の素晴らしい日本へやってきて天皇とホーネスと教会の人々に会い、国際的な教会としての登録ができるようにと、サポートを依頼しました。
その当時、先住民は水のシステムを登録する事は出来ず、教会を持つ事によってのみそれを登録する事が出来、水のシステムを保護する事が出来ました。
宝物である水を守るには教会としての登録が必要だったのです。
ですので、1920年代、1930年代、1940年代に来日し、サポートを頂き登録が出来ました
そして、日本によってサポートされ教会を作る事によって、水のシステムや、ワイタハにとっても重要な場所や施設を保存する為に登録する事ができました
教会としての登録ができた直後に、4人のマオリ族の人々が国の政府内閣に入閣することができました。この話は、私の祖父が若かったころの話になりますが、それを子供の頃からずっと見てきましたが、これによって先住民に対する政府の考え方に変化が生まれました。
古代の情報という話ですが、古代から考えると、現代技術が入ってきてからたった177年しか経っておりません。
それは177年前に石を使って生活をしてきた時代を置き去りにし、電気やプロペラの世界を受け入れたと言う事です
そして、その文化を理解できるように、外から入植してきた人々を受け入れました
1940年代前半に生まれた若き私自身が歩んだ旅は、とても素晴らしいものであり、長老となった今、様々な変化を見ています。
私は、長老たちに様々なことを教わり、伝えられてきた預言を保持する最後の人達の一人です。
それは、日本や中国に関する予言を伝えてきた人達です
彼らはいつか世の中が人々の為に変わると知っている人達です。
今から歌を歌います
この歌は、ニュージーランドから沖縄、そして淡路島へと私達がカヌーで旅をしていた時の唄です。

【ラタナ教会とは】
当時、先住民の教えを守るためには「教会」としての登録することが必要であった。キリスト教の教義に加えて、マンガイ(口寄せ)を同列に置いて祈祷することにより、キリスト教会より反発されて、独自のニュ-ジ-ランド・ラタナ教会を登録する。やがてラタナは、抑圧されたマオリ社会の抜本的な改革を目指し、政界へと直接的な手段を求めていった。1924年にヨ-ロッパからの帰途、日本に立ち寄ったときの窮状を救ったのが中田重治氏(日本ホーリネス教会の創始者の一人)である。
※“RATANA the Prophet(預言者ラタナ)”P.103より抜粋
世界旅行の記録によると、ラタナが予言者でありヒーラーであることを知った皇居の職員が、123代天皇である大正天皇として知られていた嘉仁天皇に会うために彼を招待した。当時、天皇は大変重い病気を患っていたためである。ラタナは天皇のために、クマラ(原産サツマイモ)でスープをつくり、祈りを捧げた。大正天皇は1915年に京都にて即位したが「脳病」を患っていたために勅語を述べることが困難であった。そのため皇太子である裕仁天皇が1921年より摂政に就任した。ラタナはその時、試された。「もし、あなたが予言者であるならば、我が天皇に関する予言を述べよ」と。
そこでラタナは、マンガイ(口寄せ)として、天皇は彼に与えられた神格としての地位をあきらめる必要がある。そうするしかないと答えた。「このあなたが住まわれている家、この王国は、いずれ牢獄となります。神格としての地位は奪い取られるでしょう…。あなたの民は、あなた方の頭上で2つの閃光を見たとき、塵と化します。神格を手放し、神の下のひざまずくことです」と。しかしながら、天皇は耳を傾けませんでした。そして、ラタナはこう締めくくりました。「恐れを持つことはありません。いずれ、あなたの民は再び立ち上がるでしょう。そうなっているからです」と。そこを立ち去る前に、彼は中田重治の方を向いて、天皇とその御付の人々へこう述べました。「この男性にあるギフトを残 していきます」と。中田は、皇居で話された言葉全ての目撃者であり、その全てを書き残しました。大正天皇は1926年に崩御されました。

****

明日は、また御神事報告の続きを掲載いたします。

比嘉りか
情報サイトリンク

◆地震情報《気象庁》
◆火山情報《気象庁》
◆台風情報《気象庁》
◆警報・注意報《気象庁》
◆海外の地震情報《JIS》
◆マーケット情報《ロイター》

イベントのお知らせ
最近の記事
関連サイト
検索フォーム
年別アーカイブ
携帯用QRコード
QR