日々の祈りとご神事の報告

2013.04.23.11:10

新暦4月23日(旧暦3月14日 未)

いつも真心のお力添えありがとうございます。
18日に海外御神事のフィリピンより戻り、20日、21日と東京での学びの和並びに口伝えがありました。
その間、千葉房総方面の繋ぎの御神事を行っておりました。
まずは、日々の祈りの際に伝えられました言葉をお伝えさせていただきます

繋げる未来は誰の為
繋ぐ命は誰の為
多くの未来の命の為
それは自らの未来の為
命の子らよ
全てが命で出来ている事を
忘れてはならない


本日は、学びの和の際にも少しお伝えしましたが、フィリピン、ピナツボ火山への道中の様子をお伝えさせていただきます
早朝、ピナツボ火山口へと向かうステーションへ移動しました。
フィリピン軍の敷地内の一部を移動しているようで、途中は、軍のキャンプなども見受けられました。
4駆ジープに乗ってゆくのですが、この走っている場所は、以前は、川だったそうです。
それが、ピナツボ火山の噴火で排出された火山灰によって川が堰き止められ、そして無くなってしまったそうです(私達が向かう前日に雨が降ったということで、川が出来ていました)

1.jpg
※このジープでゆきました。

両サイドに大きな切り立った山々の谷を走っている・・・と感じていたのですが、実は、この両サイドは、山ではなく、ピナツボ火山の火山灰でした。
ジープと山の比較をすると、それは本当に大きなものでありました。
2.jpg
※丸印がジープになります
ガイドさんの話では、火山灰は1週間降り続き、この辺に住んでいた集落は灰の中に埋もれたと話していました。
また、遠く何十キロも離れた場所へも火山が降ったとも話していました。
約2時間、川を渡り、岩場を走り、車の行けるところまで走り、そこから先は、徒歩でのトレッキングになります。
3.jpg

火口へ到着すると、大きな湖となっておりました。
4.jpg

以前は、ボートや遊泳もしていたという事なのですが、やはり、火口という事もあり、水質の関係からボートや遊泳は禁止となったそうです。

ここで、朝食としばらくお祈りをさせていただきました。夫には、なかなか厳しい事を伝えられていたという事もあり、緊迫した時間が過ぎて行きました(改めまして、お話しさせていただく事と思います)
帰りも、同じように小川を渡り、岩場を歩き降り、ジープの待つ場所へと移動。再びジープに乗って、元来た道を帰りました。
ですが、途中、軍の近くになった時、米軍との演習という事で、地上戦、戦闘機の飛行訓練、また、今、日本でも問題になっているオスプレイの訓練が行われており、しばらく足止めとなりました。
約3時間にわたる訓練が行われた後、やっと通行許可がおり、足早にその場を去りました。
ここでは、自然災害の際にどのような事が起きるのかという事。そして、戦争というものになった時にはどのような状況なのかという事を見せつけられたように感じました。
平和という事、そして、安心という事は本当に大切なことなのだという事痛感した出来事でした。

比嘉りか
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