御神事で伝えられた言葉~1

2014.10.14.16:30

新暦10月14日(旧暦9月21日 午)

いつも真心ありがとうございます。
本日は、9月30~10月2日にかけて行いました御神事において、各場所で伝えられました言葉を掲載いたします。
音声の書き起こしを主体としております。補足などの修正は行っておりますが、途中話し言葉の部分などもございます。現場の感じを残したくそのままにしております。また、伝えられている啓示については、句読点を使用しておりません。人の話と見えない存在からの言葉とを区別する為でございます。読みにくい部分もあるかと思いますが、何卒ご了承くださいませ。

それから、本日掲10月12日(日)大阪会場での勉強会の動画を掲載しております。当初、この日は、政治経済のお話しをさせて頂くとお伝えさせて頂いておりましたが、話の前半では急遽伝えられました10月20日21日22日までの、関西、近畿地方の自然災害についてお話しさせて頂いておりますので、是非ご視聴ください。後半部分において、経済の事をお話しさせていただいております。

最後に、長文となります事から、数回に分けて配信させていただきます。これは、スマホやパソコン以外の携帯で受信される方が多い為でございます。ご理解頂けますようお願い致します。

比嘉りか

**9月30日 神鍋山にて**

(良丸氏)
この神鍋火山の周辺にある火山はかなり古く、ここの神々も古い神々になります。この中にこの日本列島を造る、日本列島を構成する時に働いた火山も殆ど含まれております。そしてこの神鍋火山は、そこの説明では2万5千年ということを言われています、実際には、もっと古いと本人ここの神様は、言っております。
啓示では、その昔、理想郷が当時存在していたと伝えられております。しかし、出来上がる寸前に、この理想郷は壊されてしまい、崩壊と共に、争いの渦に日本列島が巻き込まれる事になった際、争いを止める為、大きく動き、その文明を閉じる働きをした火山の一つであると伝えてきています。
このお山は、周辺のお山よりも若い、まだ構成されて日が浅いということが書かれていますが、実際にはこの周辺の神々を束ねている長の神だと伝えられています。確かに、山自体も周辺と比べると一番低いのですが、一度大きく噴火したため、2万5千年というより実際には本人(山の神様)は3万年と言っておりますが、3万年前に一度大きく大噴火を起こしたことにより、この山が小さくなって今の形になったが、本来は一番古い山だと本人(山の神様)は申しております。
それでは、今日は、この神鍋から、祈り合せを放送させていただこうと思いますが、ここに到着した折から、私に何か申したい事があるようでさっきから伝えてきています。
私は、この神鍋の神様にはここ数年何度も呼ばれ、やり取り、話し合いをしてきました。そして、この神鍋山の神様から色々指示を受け、御嶽など、日本列島のあらゆる火山に、その度に足を運んでまいりました。
起きようとしている大きな自然の動きを、バランスを整えるため、火山の神々、そしてお山、入江、四大プレートのフィリピン・太平洋・北米・ユーラシアの働きの海の底の神々、東日本火山帯から西日本火山帯、それに沿った国々、環太平洋の火山帯の巡りの中心となるいくつかの国々の行き来、これら地球規模での大きな地殻変動の流れのバランス調整を行うため、神事として動くことを私に指示してきた重要な神の一神と言うよりも、実際には火山の、日本列島の火山の長と言っても過言ではないと思います。
多分そのような事を言うと殆どの方が信じられないと思うかもしれませんが、実際に日本列島の、環太平洋の火山帯の長の一神になります。
その神様から色々言われ御嶽を含む日本全国に何度も足を運んで参りました。
しかし今回の御嶽の噴火に関しては、神鍋の神々が指示をした多くの火山の神々、プレートの神々、たくさんの自然界の働きをする神々の意思とは違う働きであったという事を色々伝えて来ております。
自然界の中では地球が次に命を繋ぐために、穏やかに緩やかにバランスを整えながら、全ての命を、新しい地球の再誕生に合わせて命を繋ぐための働きをする神様がいます。地球の大きな地殻変動を穏やかに、バランスを整えながら、環境の変化に、地球と地上に住む全ての生命を、その変化に適合させながら生まれ変わるように、長い年月をかけての地球再生を営むことを意図として、その動きをしようとする神々がおり、それが日本列島では富士山ではなく、この神鍋になります。
また、それとは違い、一気に地殻変動を起こし、新しい命の循環ではなく、新しい生命の仕組みを一から作り直そうとする神々もおります。
地殻変動を進めている存在には、宇宙の人々や色んな霊もいます。神社仏閣の中にいる人格神もいます。私は人格神という言い方をせず、霊と言い切ってしまいますが、霊、御霊、もちろん神々やそれに使われている生身の人間といった様々な思惑が絡み、その結果、地球を一気に、地殻変動を揺り動かしたいという存在もいます。
地球の命の再生、地球の命の仕組みを新しく創る為、地球環境の変化に全ての生命が適合しながら、穏やかに地球の再誕生を整える神々、宇宙規模での命の循環を整える神々、これらの神々に指示を受け、その神々の意志をこの地上で伝える為の役割を持った生身の人間もいれば、逆に、一気に地殻変動を起こしたい存在神々やそれに使われる人間、また、人間に神と思われている霊や御霊もいます。彼ら霊や御霊の自分の古(いにしえ)の因果因縁、思想、理想を再びこの世に作りたい、自分の思いのままの地球、世の中を創りたいと思い、その為に人間を使う御霊などとやり取り、駆け引きをしながら、どのような方法で未来に進むのが良いのか、模索してきましたが、最終的には人間の意思で新たな地球の未来を創る形になります。
様々なやり取り、仕組みづくりを行う中、御嶽山の噴火が27日におきました。それは、当初、目的とした噴火ではなく、違う意味合いになってしまったということを伝えられております。
まず、御嶽の噴火、そして、今後の日本列島の仕組みをどうしたらいいのかということをお聞きしたいと思います。
27日の噴火の後、28日、29日にかけて、地球の再生をバランス良く行いたい神鍋の神の号令によって、かなりの神々が神様会議を行ったと伝えられております。妻を通じて聞いてゆく中で、これらの事についても報告があるかと思い
ます。私に対しても強く言いたい事があるとも言ってきていますので、質問形式は止めて神様のお心のままお聞き下さい。

(良丸氏祈り)
新暦9月30日 旧暦9月7日 辰の日にことあけて申し上げます
どうか我が御親天地陰陽結大神様の御心を以て
日本列島北は北海道から南は九州 沖縄まで そして諸外国まで
今年足を運び御神事を行って参りました
それは古からの因果因縁の改め清め そして本来あった理想の神の神世の仕組みの新たな世の中の仕組み作り
そしてそれに伴う地球の十万年規模の地殻変動を バランス良く緩やかに穏やかに整えるという神の仕組みを行って参りましたが
この度 御嶽が噴火致しました
それは東日本・西日本の火山帯だけではなく
太平洋側 日本海側 東西南北にかけて 大きな自然の動き
火山や地震 活断層 そして プレートの動きを大きく揺るがす 揺り動かす
地球規模に 環太平洋に まず大きく力を使う可能性が 働きとして
御嶽は一気にそのエネルギーを 
地球規模に連鎖連動 伝達する働きと同時に 地球規模のバランス調整を行うための働き 二つの働きが出来る力があり 
その時の その御嶽の意志によって 大きく地球規模に大きくな力を連鎖連動 伝達する流れを作るのか それとも緩やかに穏やかに バランス良く 自然の動きを動かす 揺り動かすことが出来るのかが 今 その状況がどの様に転ぶかほんとに分からない状況で噴火が起きました
当初は 27日に軽い噴煙が上がり そして28日に 本当に小規模な火山活動が起きると伝えられておりました
ですから 大きな人命を失うような大きな被害は避けて
その後の色んな地域の地震活動や火山活動も バランス良く火山活動が動くことによって 大きく地球規模で緩やかに進むための 大きな地殻の動きを整えてく始まりが スタートが起きる筈でございましたが
それとはとんでもない最初に言われてたのと違う動きを御嶽の神が致しました
それは人間に対しての 意思表示だと思われますが
その事も含めてお言葉があるかと思います
皆さんもどうか そこにお聞きして 聞いて 共に内容を理解して下されば有り難いです
それと共に今後の未来を創るため 命を循環を繋ぐための祈り合わせに賛同していただければ幸いです
どうかよろしくお願い致します

(りか氏)
火の粉が 降り注ぎながら
一つずつ 持ちゆく道 進みゆく未来 一人ひとりの道流れ
その道 今 改めて 問われているものになりゆく

創造主より来たりし わが神子
この地 この場所に於いての会議の進行内容全てを伝えることは難しい
しかるに事の経緯 この事に対しては 
きちんと ある程度 伝え 話しおきゆくこととしよう

あの者の話 御嶽の話に於いては
あの者(御嶽)は こう述べておった
本当に このような動き(噴火)をする筈ではなかった
この様な動きに 皆が共に 進んでくれるものと思ってもいた
それより何より 自分が 違うものを信じたというところに於いて
本当に ショックを隠し切れないということを伝えている
けれども 一度噴火したものは 決してその様に簡単には留め置くことは出来ない
だから これより 一つひとつ順番に物事が収まるように
収められてゆくように
この噴火を機に 新たなる仕組みを作り続けゆかねばならない
再びの バランス調整を 整えてゆかねばならぬのである


(良丸氏)確認していいですか
(りか氏)はい
(良丸氏)御嶽の神は、人の申すことに対して、信じたがため、起こしてそれは偽りであったということでショックが隠せないということを申してきたわけですか
(りか氏)はい
(良丸氏)その事に対して今伝え、今後それをどのようにしていくかをお伝えしたいということでしょうか
(りか氏)いや 事の流れだけである
(りか氏)
当初この件については 
我らが共に 人の子達と共に いや 一つの命として 
きちんと 働きゆき そして 
人の子を含めた 多くの命達を守り続けゆきながら 
緩やかなる時の流れを過ごしゆこう 調整しゆこうという形にて 話し合いは纏まっておったのである
しかしながらこの者 この者とは 御嶽のものである
この者自体 我らが話に対し 少々訝しんでおったようであった
どこまで 信じてよいものなのか
どこまでその働きを 働き続けてよいのか
けれども この 御嶽の者
まんまと謀られたと 本当に 悔しがり そして 今は本当に 放心状態にもなり兼ねないぐらいの どっと疲れ そして どっと 落ち込んでいるような状況でもある
謀られたのは 嘘ではない
様々なる者が あの地あの場所に於いて
自然の働きが本来の道標 自然働きが本当に本来の力を発揮し 働きゆくことにより
このバランス調整は整えられる と言われてみたり
調和と和合という言葉の中 それでも 人の子だけは 滅しゆくように ということを 述べられたり
それこそ 様々なる話し合い 話しが持ち込まれ
あの者も 正直なところ 疲れ果てていたのは事実であった
そこに
せっかくの調整バランスを するための筈のこの話し合いが持たれた後
我らがあの者を 御岳を 出し抜こうとしている 丸め込もうとしていると 様々なるものが 口寄せし
そして あの者は まんまとそれを信じ 騙されてしまっていたのである


(良丸氏)いいでしょうか。神々の話し合いの結果、私は御嶽だけではなく沢山の火山を巡ってその橋渡しをさせていただきました。ということは、私のことについて言ってるわけではないのでしょうか
(りか氏)
うぅん そうではない
我がこの この地の 我がこの宮からの使者として 
そなたを遣わし
創造主からの神子として お前達夫婦を遣わし
あの者(御嶽)の所にも 長きに亘り話を付けさせに行ったのは 事実である
また 多くの者達を遣わせ そして共に お供させ
供させ共に 進み あの場にゆき 話し合いを持たせていたのも 事実である
がしかしそれでもあの者(御嶽)は 信じること 
信じ切ることが出来なかったのである

平和の交渉とは 
落ち着きを取り戻し 共に平和を進みゆこうという交渉には 
争いごとの種は持って行ってはいけない
争いごとの種を持ちゆき それを持ったままあの場にゆくということ
持ったまま交渉に入るということは 願い伝えるということは 
あってはいけない
あってはいけないことなのであった


(良丸氏)私はそういうものを一切持って行ったつもりは一切ございませんが
(りか氏)
人々は様々なものを欲しがる
自然の神はやるものはない
実際は人々の命を守り そして繋ぎ続けゆくことこそが 我らが共にゆき そしてそなた達の幸(さち) 幸福となりゆくものであろう
けれども人々は 証や印を欲しがる
しかしながら証や印は渡すことは出来ない
何故ならばそれは この自然界に於いて 何もないからである
自然の営みが 自然の循環が 人々に対しての 
この穏やかなる年月(としつき)の流れこそが 
そなた達人間に与えることのできる この自然界からの幸 
そして渡してあげられるものである
豊かなる自然を 豊かなる豊穣を つつがなく 年々繰り返し続けゆくことができるというのが 
我らがそなた達に与えることの出来る 唯一のものである
けれども人々は 印を欲しがる
何かの物 形を欲しがる 証を欲しがる
けれどもその証や物の中には 実際に振ってはいけない物 使ってはいけない物というものが 混ざっている
本当に 呼ぶ笛は 善きものを呼ぶものであるのか
剣は本当に 善きものだけを 切ることの出来るものなのか

※補足有※
槍棒は 本当に 悪きものだけを 収めることのできるものなのか
鈴の音は 本当に 善きものだけを 呼ぶことが出来るものなのか
しかしながら人々は その効力や効果すらも分からず 使おうとする
いや それを持つことによって 自分の満足を 得ているのであろう
心が豊かになり いや 満足を得て 笑みさえ浮かべている者もおる
けれども 本当にそれが 本来の使い方のものであるのか
そして 何の効力を持ちゆくものなのか どの様な結果を 出すものなのかを 深くは考えようとはしない
自分が与えられたものは 全て善きものだと思うのは 当然至極のことであるが
けれども 本当に そうなのかということを 皆 考えることはない
当たり前である
自分は善き者であるというところが 前提に立ちゆき 
対するものは 必ずや善きものであるというところであるのだから
がしかし 我らには本当に 何も与えるものはないのである
この自然界の中に於いて そなた達に渡すものは 豊かなる実りであり 命が続くということだけである
そこはよく 考えてほしい
何故ならばそれは 得意げに持っている物は 
ある時には 武器にもなり 
ある時には 雷(いかずち)にもなり 
ある時には 決裂させるものだからでもあるのだ
だからどうか それを 理解してほしい 

※補足※
善きものを切る剣について・・・この事について、伝えられている中、見せられていた映像があります。
剣を持っている側は、悪人のような人。斬られる側は善人のような人。
第三者としてみると、このビジョンの場合、剣を持っている側は悪で、斬られる側は、かわいそうな善人。ですが、本当の事は解りません。剣をもつ人によって、その善悪が変わるという事です。人間の主観によって善悪が変わるという事。なので、かならずしも、剣を持つものが善であるという事ではないという事を伝えたかったと思います ※※

(良丸氏)質問していいでしょうか?善きものを切る剣っていうのはどういう意味でしょうか?
(りか氏)
善きものを切る剣
人を殺めるもの 殺めたもの
実際 剣の中に於いて 善きものとは
人間の世界でゆうところの 鈍(なまくら)と言われるようなものでもあるかもしれん
実際善きものを切るというのは あってはならぬもの
善きものか悪しきものかも分からずに 切ることがある
人は 自分が 善か悪かの判断基準である
自分にとって 悪しきものであれば切り 自分にとって 善きものであれば守る
がしかし本当に そうなのであろうか

本来 剣というもの 神具の中に於いて 祈りの中に於いて 使う物もありゆく
けれどもそれは 研ぎ澄まされた何かではない
血塗られたものでもない 命を奪ったものでもない
命を救い 人を救う物であり 決してそれは 切ることも出来ないものである
分からぬものであろう 人々には
分からぬものであろう
切るというものが 剣であると思っている者達には 全くもってわからぬものであろう
目の前にあるものが本当に 悪しきものなのかどうか
それは その持ちし本人が 善悪の判断基準で 切り裁いていく
歴史はずうっとそうであった
正義という名の下 皆 人を殺め 
そして 自分が正義だと信じ 進んできた
がしかし それが 人間達の物質的世界と またこの神世の世界の中に於いても 使われくるようにもなった
善きものであっても その者の 刃を持ちし者の判断に於いて 切り裂かれてゆくものもおるのだ
これより更に 進みゆく話の中に於いて 他に質問はあるか

よいか
決して 決して
自然界は ものは渡さぬ
特に 刃なぞは 決して渡さぬ
使い方に於いて 様々なものがある
身を守るための剣を持つ者もいる
がしかし それは 神具の中に於いては 無い方が良い


***明日送信予定***

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