現在の状況**事務局掲載**

2017.07.26.08:30

新暦7月26日(旧暦6月4日  きのえ 寅 先負)

*甲(きのえ)とは
木(五行) 
大木を意味。押さえ込まれ芽が出ない状態(十干の意味)
*先負(せんぶ)とは
「先んずれば負け」の意味で、勝負事や急用は避けるほうがよいとされる。
午前中は凶、午後は吉。万事に平静であることが良いとされ、勝負事や急用は避けるべきとされる。

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真心のお力添えありがとうございます。

大国ミロク大社の比嘉良丸、比嘉りかです。
現在パラオに来ており、本日26日は最終日となります。

今回24日に、ペリリュー島というところに行きました。滞在しましたコロール島からスピードボートで1時間と少し移動した場所にあります。雨季という事もあり雨模様でありましたが、熱帯の植物が生い茂る中、戦跡を周ってきました。

この島は、第二次世界大戦において激戦となった島です。南北9km東西3kmととても小さな島で、アメリカ軍が上陸後、約3か月において日本兵12000人以上、アメリカ軍8500人以上が戦死されています。沖縄と違うのは、日本軍によりペリリュー島島民が事前に避難させられていたという事です。共に戦うと言って志願した方はいたそうですが、基本、民間人は他の島へ疎開されられていたといいます。

亜熱帯の石灰岩からなる島の為、生い茂る木々も、足元の大地もほとんど沖縄と変わらない感覚で、ガイドさんの案内でこの島内を周って行きました。

当時の日本海軍は、この小さな島を要塞化しており、石灰岩の島という事から洞窟がありこれらを活かし縦横縦横無尽にトンネルが掘られているといいます。いくつかの小部屋に分かれているその中には、簡易的ですが、野戦病院として使われていた洞窟の場所もありました。

慰霊碑やアメリカ軍が上陸してきた浜、日本軍総司令部跡、そのままに残されている戦車や戦闘機、そして、天皇皇后両陛下も訪れました平和記念公園を周らせていただきました。

戦跡は、その年月により植物が覆いかぶさってきておりましたが、島内にはまだまだ遺骨や地雷があり、毎年遺骨収集や地雷撤去の団体が、収集、撤去を行っているそうです。

慰霊碑や平和記念公園には、御線香や献花、千羽鶴が供えられており、供養や平和への祈りを捧げに来ている方がおられました。一般の方々との混載のツアーの為、公には御神事というものは出来ませんでしたが、その場所場所にて、平和という事。戦争を二度と繰り返す事が無いようにという事を祈りさせていただきました。

現地にきて、その歴史、そして気を直接感じる事ができ、御神事、祈りが出来ますことに深く感謝しております。ご支援くださいます方様のおかげでございます。本当にありがとうございます。

今回の事からも深く汲み取り、世の中が善き流れになるよう努めてまいります。

本当にありがとうございます。

比嘉良丸
比嘉りか


*ペリリュー島にて伝えられた御言葉

人は今 どこに進もうとしているのか

歩む道は 踏み外してはいけない

目指す目的を見失わず 進む事

どこに進んでいるのかを 知る事

争う事無きように むやみに争いに沿う事なきように

命は 大切な事

命は 温かきもの

人の心を癒し 生きる希望を与える事も出来る

人の希望は 生きる事によって花開きゆく

命の源 命の息吹

生きる事により 進む道がある

歩む事 進む事により

叶うものがある


20170725 パラオ ペリリュー島1

20170725 パラオ ペリリュー島2


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