御神事の中にて伝えられた御言葉

2019.09.25.15:00

新暦9月25日(旧暦8月27日 きのと 丑 仏滅)

いつも真心のお力添えありがとうございます。
大国ミロク大社の比嘉良丸、比嘉りかです。

今回の外洋からの御神事は、日本の大地の動きにおける関連の深い場所と共に、太平洋戦争に関連する場所が寄港地となっております。
寄港地は、太平洋戦争終結までの時間をさかのぼってゆくように日本から南下してゆきました。
現在、日本と韓国の関係が悪化していることもあり、戦争回避を重点においての御神事、祈りも大変重要な事から、各地において、二度と戦争が起こらないように、同じ苦しみ、悲しみが引き起こされることが無いように。争いではない道を進むようにと願い、祈ってまいりました。
今回は、自然界の祈りの際の言葉とは別に、戦争回避についての際に妻に伝えられました御言葉をお伝えさせていただきます。少し長いことからも、本日と明日にかけて掲載させていただきます。尚、第二次世界大戦時における各地の状況については様々なサイトがあり、情報も沢山ございますことから、状況につきましては大まかにまとめた内容とさせていただきました。ご了承くださいませ。(参考サイト:Wikipedia、コトバンク)

*伝えられた御言葉*

8月28日*横浜出港
・1945年3月10日:東京大空襲 夜間に焼夷弾の空襲を受け、東京は焼け野原になりました。死者数10万人を超えると言われています。
・1945年5月29日:横浜大空襲 8千~1万人の死者が出たとされています。

*伝えられた御言葉*
争う事無く進む道は 必ずある
その道を模索することを 諦めないこと
人は 自らの行為のみに目を向けがちであるが
そうではない
広い視野を持つことによって
多方面からの考えを養うことによって
その道は 広く 確かなものとなる
人は 考えることが出来る
凝り固まった考えだけではなく 
知恵と過去からの学びを忘れずに
残された者の未来を繋ぎゆけ


8月30日*広島寄港
・1945年8月6日:人類史上初めて都市に対するウラン型の原爆投下された核攻撃です。
一瞬で、全てが焼け焦げ、爆風により建物も倒壊し、生き残った人も大量の放射線による急性症状で亡くなられ、更に放射能を含んだ雨が降り、雨にあたった人々も被曝しました。爆心地から2キロ以内が全壊、全焼。1945年の年末までに14万人が亡くなられました。その後も原爆症に苦しむ方々や胎内被曝や被曝二世・三世といった、自身が直接の被害を受けていなくとも、被曝した親からの影響により健康に影響を受ける人が数多くでました。原爆が投下された際の死者数が何十万人という規模の上に、時間を追うごとに、そして、世代を超えて深い傷を与えています。

*伝えられた御言葉*
争うという事は 何事か
苦しみも 悲しみも 恨みも 絶望も
消せない程の傷を味わったというのに
それでもまだ 争うという事を念頭においているのか
一部の者だけではない
全ての者が苦しみに喘ぎ 痛みを受け 不条理な扱いをされる
今の苦しみを脱するために 争う事は 解決策にならない
更に深く 肉体にも 精神にも 魂にも
消せぬ傷をつけ続けるだけになる
争う事ではない 解決策を見つける事こそが
未来を作る者の 使命にしてほしい


2019 広島
※広島:今回寄港した港から
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9月1日*長崎 寄港
1945年8月9日 プルトニウム型の原爆が投下されました。
広島同様、原爆を落とされた地。広島の原爆よりも威力が1.5倍でしたが、爆心地が中心部から少し離れたことや山に囲まれた地形が爆風や熱線を遮った為、広範囲への影響が少なかったとされています。1945年の年末までにこちらも7万4千人が亡くなられております。そして、ここでは広島に仕事等で被曝し、その後、長崎に戻り再び被曝するという二重被曝という方もいらっしゃいます。広島同様その後の後遺症に悩まされる方や胎内被曝や被曝者二世、三世もおり、時代、世代を超えた影響を与えています。

*伝えられた御言葉*
戦争は 誰かが争う 争ってくれるのではない
結果 すべての者が巻き込まれてゆき
全ての者が その攻撃を受けることになる
それは 昔も今も 変わらぬ現実
相手に大きな害を与える事が 目的なのだから
足元となる場所 国が攻撃されるのは当然の事
自分の身に降りかかってくるのが 戦争
敵地にゆく者も 国に残る者も
双方ともに 打ちのめされてゆくのが 戦争
争えば 逃れることは出来ない
誰も彼もが 巻き込まれてゆく
繰り返される過ちではなく
改善され 繰り返されることが無いように
残され 繋がれた命を大切にするように
争う事のない道を 模索することも
人の子の託された行動の一つ

2019 長崎
※長崎:今回寄港した港から
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9月3日*奄美大島 寄港
1944年10月10日から終戦まで、奄美大島を含む奄美群島は幾度となく空襲を受け、死者461名との記録があります。沖縄同様、本土防衛の最前線という事で、日本軍が基地を作り、現在もその跡地が見られます。

*伝えられた御言葉*
家族が失われ 命が失われ
心が壊され 
日々 怯えながら生き続けてゆく時間
発展した時代を迎えたのなら
同じことを繰り返すことが無いように生きることは
出来るであろう
昔は わからなくとも 今 わかることがある
昔は 出来なくとも 今は 出来ることがある
沢山の事が わかるようになり
沢山の事が 出来るようになったのだから
恐れる日々の繰り返しではない
叶えることが出来なかった 幸福の日々の繰り返しになるように
未来にはそれが託されていたことを 忘れないように

2019 奄美大島
※奄美大島:今回寄港した港から
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9月4日*沖縄 寄港
1945年4月1日沖縄の西の海に1500隻以上の連合軍の艦隊が終結し、10万発以上3時間にわたる艦砲射撃の後に18万人を超える連合軍の兵が上陸してきました。この大戦中で最大の艦砲射撃と最大人数の上陸と言われており、また、太平洋戦争最大の激戦とも言われています。(この時沖縄にいた日本軍は約10万人と言われています)日本側は、この上陸前に何か月もかけて、沖縄の石灰岩の丘の地下に東西を繋ぐようなトンネルを手で掘り、沖縄の地下を要塞基地と化していました。地下に潜って、丘陵地帯に作ったトンネルにいくつもの穴(トーチカ)を作り攻撃しました。この相手の存在が見えない状況で戦う連合軍側の打開策が、火炎放射での攻撃となり、日本軍が潜んでいる穴に火炎放射をして回り、沖縄本島南部はその殆どが焼け野原になりました。また、日本兵は、追い込まれてゆく中で、万歳突撃という今でいう自爆テロの行動で敵へ向かう兵もいました。この沖縄では、民間人が混在している状況下での戦闘となり、巻き添えとなった民間人や当時の教育の影響もあり集団自決をする人、日本軍の強制による自決等、民間人の死者は10万人を越えるとも言われています。

*伝えられた御言葉*
現実を知る者は 二度と経験したくないと伝えている
それは 現場を知り 現実を体験してきたからこそ
伝えられていることである
戦(いくさ) 争いを知らない者は数多くいるが
現場を体験してきた者が伝える その言葉に耳を傾けよ
戦場にいた 弾の飛び交う中にいた 砲撃を受けた
現場にいた者の声を聞け
そして 現地となった住まう者の話を聞け
知らぬ間に自らの家 土地が 戦地となり
消えない 消せない 恐怖と不安にいる日々
いつ殺されるか いつ家族を失うか その恐怖がわかるか
折角得た 安らぎの日々を手放すな
ひとたび争いになれば 一方が朽ちるまでとなろう
戦に負け 占領下となれば その地の者は人の扱いはされない
憎しみの連鎖を断ち切るためにも 争ってはいけない 
伝えられてゆく傷と負のみが未来に残されることになる
死してもなお 繰り返されてゆく争いが
戦争というものだ


2019 船内
※沖縄:今回、台風の影響を避けるためあわただしく出港しました。船室ではこのように御札と長年持ち歩いて祈祷してきました御霊分けした天然石や鏡、現地時間と日本時間の時計をおいてお祈りしています。
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9月6日*硫黄島周遊
1945年2月16日~3月26日。沖縄戦と共に第二次世界大戦の激戦と言われる戦いです。日本軍は、日本本土と南方方面を結ぶ中継地点として飛行場等を配備、設置していました。一方アメリカ軍も、爆撃機などの中継地点としての確保等が目的とし硫黄島を占領したとされています。日本側は物資に乏しく、水も雨水を利用していたことから、戦闘が長引くにつれ飢えと渇きに苦しんだといわれています。組織的戦闘終了後、投降した日本兵もいましたが、投降しなかった日本兵もおり、掃討作戦をしていたアメリカ側は、投降しない日本兵がいる地下基地の穴を埋め潰していったといわれています。ここ硫黄島では、日本側は約1万8千人、アメリカ側も7千人の方々が戦死されました。

*伝えられた御言葉*
争う事無く進む道があれば
それに越したことはない
道は いくらでもある
探そうと思えば いくらでも出てくる
自らの思いは 出すことが許されず
ただ 祖国の為にと 進むだけ
命を懸けて進んだ道
誰もが 大切な人の豊かさと幸せを願い 突き進んだ
その結果 求める未来になったのだろうか
争いではない道でも 
求める未来は訪れたであろうか


2019 硫黄島
※硫黄島:遠いですが、硫黄島が見えています。天候も悪く、あまり近くには寄らずに、ぐるりを周るだけでした。
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*続く*
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